1997

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[3.05/旅行(1)ハイアーセルフ]

急にどこかに行きたくなって、フラフラと一週間ほど旅行に出かけてました。ここのところ情報過多でオーバーヒート気味で、コンセントを抜かないとなんだか暴発しそうだったし、これまでの自分を整理して、一人で静かにじっくり考える時間が欲しかったのでした。
ちょうどHealing and Awarenessの中野さんが主催する瞑想会が法隆寺でありましたので、それの出席もかねての奈良史跡巡りに決定しました。

旅行に出かける前夜、「自分はどこかで間違ってしまったのではないか」という古いパターンにはまりました。常々全ては完全であると言っておきながら、たまに疑いが顔を出すときがあります。
瞑想を始めると、目の前にわたしの人生でこれまで関わってきた人たちのハイアーセルフ(本質)が次々と現れてきました。そこには小中学校からの先生や友人、すでに亡くなった人や辛い思い出やしこりを残したまま通り過ぎていった人など無数の存在があります。
驚いたことに彼らの顔は全て慈愛に満ちた菩薩の顔をしていました。三次元世界で悪役としてわたしに冷たく接した人も、わたしが冷たく接してしまった相手も、その正体は菩薩でした。
彼らの優しい微笑みは、「何も間違っていなかったし、全てが完璧だったのだから心配しなくていいよ」ということを伝えていました。わたしは思わず両手を合わせて、涙ぼろぼろ鼻水ぐしょぐしょで泣いてしまいました。
一瞬の至福でしたが、この感覚が永遠に続けば無敵ですね。生きることに怖れはなくなり、今ここにある天国の中に入れるでしょう。
三次元世界に見えるドラマは全てが演技であり、幻想です。本当に起こっていることは、頭ではなかなか理解できなくても、神々の愛の分かち合いだけであります。それがわかってホッとして床につくことが出来ました。

 

 

[3.08/旅行(2)想念の選択]

奈良に向かう途中、新幹線を静岡で下車して、メールで知り合いました長沢さんとお会いしました。
古本市は長沢さんの発案によるもので、わたしがHTML文を書いて彼女が管理するという形でStar People の中にコーナーを設けています。今回はその縁で車まで用意していただいて、ドライブしながら静岡見物をすることが出来ました。
普段は東京のコンクリートジャングルに住んでいますので、海は広いな大きいなを見ただけでも感激してしまいます。
日本平から望む富士山は、晴れたり日本晴れで、美しく雄大にそびえ立っていました。

Mt.Fuji は、ニューエイジ方面では有名な地球のエネルギースポットの一つです。ポータルという言い方もしますが、次元の入り口であり、地球と宇宙がエネルギー交換をする重要拠点でもあります。
最近そこが揺れているようです。一十が開き揺れています。人間の引き寄せる想念のパワーというのは絶大で、地球の未来は結局はそれにかかっていると言えます。
想念そのものは自分ではないのですが、宇宙の中には、あらゆる想念のパターンとそれに伴う可能性がバイキング料理のように存在しています。それをどのように選択し、コントロールするのかが問われるところです。
これからのことも踏まえて、一つの試しがあります。創造される現実は、数の勝負であるとも言えます。つまり想念の多数決です。
ここは率直に書きたいのですが、本当に平和や調和を望む想念の力と「大騒ぎになったらおもろいやんけ」という相対する想念の綱引きで、どちらが優勢になるかということです。この二つは一人一人の中にあります。

「希望への道」という本の中に、

「地上に肉体を持つと、殺そうとする意識と助けようとする意識があります、両方ともあなたのものです」

という言葉があります。生きようとする力と破滅願望の葛藤がゲームの中核をなします。このどちらを増幅させるかです。たとえば心配や恐れに焦点を合わせることも破滅願望の一種になります。

創造される「世界」の中に他人事は存在しません。「どうせ60億分の1票だし、わたし一人ぐらい・・」というのは誤解で、厳密には、あるのは一票だけです。この一票に全てがかかっていると言えます。

光を送るときには、物理的な地点に送るのと同時に、自分自身の中にも光を送りたいと思います。両方とも同じ場所だからです。

 

 

[3.12/旅行(3)斑鳩・信貴]

奈良から近鉄線に乗って法隆寺の駅で降りました。瞑想会に出席するのは初めてでしたが、みなさん温かく迎え入れてくれました。
瞑想会と言っても、現在のアプローチは、いわゆる座禅形式の瞑想をするのではなく、日々の気づきを静かに語り合いながら、いつの間にかそれが瞑想になっているという感じでしょうか。気楽な雑談と自然な流れの中から、その時に必要な何かをお互いが得ていきます。
中野さんお手製の懐かしい味のカレーを食べながらのアットホームで楽しい会でした。

修行や強制ではなくて、依存や御利益ではなくて、人が自由に集まって、瞑想したり気づきを対等に分かち合うこと。これは次の時代には、どこにでもある普通の情景になっていると思います。

翌日はぽかぽか陽気の中、奈良公園で人懐っこい鹿と戯れたり、ベンチでウトウトしながら、のーんびりと過ごしました。
ここでは鹿はちょうどノラ猫のようにどこにでも存在し、人と上手に共存しています。人間のエゴさえなければ檻なんか最初から要りません。
「危険だ、何をしでかすかわからない、有害だ」、これは動物たちを説明しているのではなくて、人間が自分自身の姿を彼らに投影していたに過ぎないのでしょう。

静かに考え事するのに都合がいいと思って、信貴山の朝護孫子寺にある宿坊に二泊しました。ここは本尊の毘沙門天に始まって数々の堂宇が並び、ちょっとした神仏地蔵テーマパークのようになっています。
宿坊というと、大げさには、暗いお堂のような部屋で、寒風吹きこむ破れた障子に丑三つ時になると幽霊が出てくるようなのを想像していましたら、実際には部屋は非常に清潔だし、エアコン完備、ピカピカのエレベーターに24時間入れる大浴場など、ちょっとした高級旅館ホテル並の内容に驚きました。しかも精進料理というのは初めて食べたけどなかなか美味しいです、これが。
ところで部屋にはテレビがないので、その代わりに廊下に備え付けの本棚があるのですが、仏教書が多く置いてあるのはお約束として、その中に一冊「バシャール」があったのには思わず笑ってしまいました。なるほど今時のお寺ではこういう本も読む時代なのでしょうか。

 

[3.13/旅行(4)飛鳥の扉]

行き当たりばったりの旅でしたので、次は飛鳥巡りをしようと周辺の宿に予約を入れると、部屋は平日なのにどこも満室でした。ヤケクソで「ちょー高級」ホテルに泊まってやろうかなどとも思ったのですが、「こういうときは方向が違うのだよ」とよく宇宙に言われてましたので、飛鳥のことは諦めて奈良駅周辺に予約しました。
行く当てを失って「さてどうしよう。そうだ、まだ法隆寺境内を見学してなかったし」ということで、もしやと思って朝っぱらから人の迷惑顧みずに、寝ていた中野さんを電話で叩き起こすと(すまん^_^;)、たまたまOFFでしたので、一緒に法隆寺と、なんと諦めていた飛鳥巡りにまでつきあってくれることになりました。

石舞台から高松塚古墳まで、中野さんの部屋で聞いて耳に残ったTears in Heaven を鼻歌にしながらのウォーキング瞑想。飛鳥の大地に日が暮れてセピア色に染まっていく様はとても美しいものでした。
ナビゲートしてもらったおかげでとても順調に行動でき、出来れば見たいと思っていたものも全部見られました。もし無理やり宿をとって自分だけで歩いていたらこうはならなかっただろうと思います。
エゴは常に近視眼で執着し「これしかない、これでなければだめだ、おしまいだ」と簡単に決めつけますが、本当は宇宙のことは何もわかっていません。
閉まっている扉があれば必ずどこかに開いている扉があると言うことですね。

今回は菩薩のエネルギーから始まった旅でしたが、実際に各所で様々な菩薩像を眺めることになり、不思議な気持ちになりました。
色がはげ落ちたり、煤だらけになっている「彼ら」。わたしは今では仏像等にお願いをするような感覚はないのですが、やはり無数の人々から投げかけられた悩みや苦しみ、欲望や痛みを黙って数百年も聞いてきた姿には畏敬の念が起こります。
静岡で長沢さんに頂いて旅のお供となった「波動の法則」という本には、全ての物(石も土も山や河も)は意識を持っているとあります。
今では現役を退いて、博物館のガラスケースの中で静かな時を刻んでいる彼らに、「よく頑張ったね」という気持ちで手を合わせました。

最終日は難波に出て、吉本のコテコテのお笑いライブを見たり、天王寺の通天閣に上ったりしながらのお気楽な一日。深夜バスで東京に帰りました。
結局はバタバタしてじっくり考える時間はあまりとれなかったけど、考える以上の何かを得られたような気がします。奈良で時差ボケしたのか(^_^;)、帰ってきてから二日間、やたら眠くてぐーぐー寝てました。
おわり。

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